近赤外分光法NIRSは何を測っているのか

要点

  • NIRSは、頭皮上の送光・受光プローブで近赤外光を出し、組織を通って戻ってきた光の強さから、主に酸化ヘモグロビン(HbO)と脱酸化ヘモグロビン(HbR)の変化を推定する方法である [1][2]。
  • 機能的NIRS(fNIRS)で「脳活動」と呼ばれる信号は、神経発火そのものではなく、神経活動に伴う局所血流・血液量・酸素化の変化である [2][3]。
  • 連続波NIRSの多くは絶対濃度ではなく、修正Beer-Lambert則にもとづく相対濃度変化を扱う [2][3]。
  • 低拘束、携帯性、静音性に優れるため、乳幼児、発達研究、臨床集団、対人相互作用、ベッドサイドに近い研究で使いやすい [5][6]。
  • 一方で、深部脳よりも浅い皮質に感度が偏り、頭皮血流、体動、プローブ接触、全身性生理変動の影響を受ける。前処理と報告の透明性が重要である [3][4]。

NIRSが測る対象の概念地図

この記事で答える問い

  1. NIRSは頭皮上から何を測っているのか。
  2. HbO、HbR、総ヘモグロビンの変化は、どのように神経活動と関係するのか。
  3. fMRIは神経活動を直接測っているのか脳波EEGは何を測っているのかと比べて、どこが似ていて、どこが違うのか。
  4. 臨床研究や発達研究でNIRSを読むとき、どのような限界に注意すればよいのか。

まず結論

NIRSは、脳の電気活動を直接測っているわけではない。測っているのは、近赤外光が頭皮、頭蓋骨、脳表近くの組織を通るあいだに、血中ヘモグロビンによってどの程度吸収・散乱されたかである。その吸収の波長依存性を使って、HbOとHbRの濃度変化を推定する [1][2]。

研究で「前頭前野のNIRS反応が低い」「課題中にoxy-Hbが上がった」と言うとき、それは多くの場合、課題や刺激に伴う皮質近傍の血行動態反応を見ている。これはBOLD信号とは何かと同じく、神経活動に近いが、神経活動そのものではない間接指標である。

背景

近赤外光は、生体組織の中を完全には透過しないが、可視光より比較的深く届きやすい波長帯を含む。Jöbsisは1977年に、近赤外光を使って脳や心筋の酸素化・循環状態を非侵襲的にモニターできる可能性を示した [1]。その後、光源、検出器、頭部プローブ配置、解析法が発展し、現在のNIRS/fNIRSは神経科学、発達研究、リハビリテーション、精神医学研究、ベッドサイドモニタリングなどで使われている [2][4]。

NIRSが特に重宝されるのは、測定環境の自由度が高いからである。構造MRIは脳の何を測っているのかPETは脳の何を測るのかのように大型装置や放射性トレーサーを必要とせず、脳波EEGは何を測っているのかに近い感覚で、比較的自然な姿勢や対人場面でも測定しやすい。ただし、この自由度は「何でも正確に測れる」という意味ではない。測定対象は浅い皮質周辺の血行動態であり、信号には頭皮・頭蓋骨・全身循環の影響が混ざる。

基本概念

NIRSとfNIRS

NIRSは near-infrared spectroscopy、つまり近赤外分光法である。広い意味では、筋、脳、乳房、末梢循環など、組織の酸素化や血液量を光で調べる方法を含む。fNIRSは functional NIRS の略で、課題、刺激、安静時変動、対人相互作用などに伴う脳血行動態の変化を測る用途を指す。

HbO、HbR、HbT

NIRSでよく出てくる指標は次の3つである。

指標意味読み方の注意
HbO酸化ヘモグロビンの変化神経活動に伴う血流増加で上がりやすいが、頭皮血流にも影響される
HbR脱酸化ヘモグロビンの変化典型的な賦活では下がりやすい。BOLD信号とは何かとも関連が深い
HbTHbO + HbRに近い総ヘモグロビン変化局所血液量の変化を反映しやすい

典型的な課題賦活では、局所の代謝需要が高まり、それを上回る血流増加が起こるため、HbOは増加し、HbRは低下することが多い。ただし、このパターンは課題、年齢、脳部位、血管反応、測定条件、前処理に依存するため、単純な「HbO上昇 = 神経活動増加」とは読まない。

相対変化を測る

多くの連続波NIRS装置は、光の飛行時間や散乱係数を完全には分離できない。そのため、絶対的なヘモグロビン濃度ではなく、ベースラインからの相対変化として扱うのが基本である [2][3]。この点は、MRI画像のように見える「場所」よりも、プローブ配置と解析モデルに依存した時系列信号として読む必要がある。

仕組み

NIRSの基本は、2つ以上の波長の近赤外光を頭皮上から入れ、数cm離れた検出器で戻ってきた光を測ることである。光は直線的に進むのではなく、皮膚、頭蓋骨、髄液、灰白質などで散乱しながら、バナナ状の感度分布を作る。送受光間距離が成人で約3cm程度なら、脳表近くの皮質信号をある程度含むと考えられるが、浅層組織への感度も大きい。

HbOとHbRは、波長によって光の吸収の仕方が異なる。この差を使い、修正Beer-Lambert則で光強度変化を濃度変化に変換する [2][3]。単純化すれば、次のように考えられる。

ここで、は波長における吸光度変化、は吸光係数、は組織内での実効光路長である。実際には散乱、個人差、年齢差、頭皮・頭蓋骨厚、プローブ接触、髪の影響が入るため、解析では差分、フィルタリング、アーチファクト補正、短距離チャンネルによる浅層信号補正などが使われる [3][4]。

神経活動からNIRS信号までのメカニズム

図解

上の図を文章で言い換えると、NIRS信号は次の鎖で生じる。

  1. 課題や刺激により、局所の神経活動と代謝需要が変わる。
  2. 神経血管カップリングにより、血管反応、血流、血液量、酸素化が変わる。
  3. HbOとHbRの割合が変わり、近赤外光の吸収が変わる。
  4. 検出器で観測される光強度時系列が変わる。
  5. 解析により、HbO、HbR、HbTの相対濃度変化として推定される。

この流れの途中には、神経活動以外の要因が入り込む。呼吸、心拍、血圧、皮膚血流、体動、プローブずれ、髪、課題中の発話や顔面筋活動は、いずれもNIRS信号を変えうる。したがって、NIRS研究では「測定した信号」から「脳活動」を読む前に、どの前処理、どの統計モデル、どの対照条件で推定したのかを確認する必要がある [3][4]。

臨床・研究との接続

発達研究

fNIRSは乳幼児研究と相性がよい。乳児はMRI装置内で静止することが難しく、装置音や拘束の影響も大きい。一方、fNIRSは比較的静かで、座位、抱っこ、自然な視聴覚刺激に近い場面でも使いやすい。そのため、視覚、聴覚、言語、社会的認知、母子相互作用などの発達研究で利用されてきた [5][6]。

ただし、乳幼児では頭部形状、頭皮・頭蓋骨厚、発達段階、睡眠・覚醒状態、動きの多さが信号に影響する。成人と同じプローブ配置や同じ血行動態モデルをそのまま当てはめるのではなく、年齢に応じた光路長、測定部位、アーチファクト処理、統計設計を考える必要がある。

臨床・精神医学研究

臨床研究では、うつ病、統合失調症、双極症、発達障害、認知症、リハビリテーション、脳卒中などでfNIRSが使われる。精神医学領域では、前頭前野を中心に、言語流暢性課題や作業記憶課題中のHbO反応を群間比較したり、症状重症度や治療反応との関連を調べたりする研究がある [7][8]。

しかし、臨床応用を読むときは慎重さが必要である。fNIRSは携帯性が高く、患者への負担が比較的小さいという強みを持つが、個人の診断名や治療方針を単独で決める検査ではない。特に精神医学では、課題成績、薬物、睡眠、身体疾患、血管反応、年齢、併存症、前処理手順が結果に影響する。研究で示された群平均差と、個別患者への診断的判断は区別する必要がある [7][8]。

NIRSの使いどころと注意点

他の脳計測との違い

方法主に見ているもの強み注意点
NIRS/fNIRS皮質近傍のHbO/HbR変化低拘束、携帯性、乳幼児・臨床集団で使いやすい深部に弱い、頭皮血流と体動に影響される
fMRIは神経活動を直接測っているのかBOLD信号、血行動態変化全脳の空間分解能が高い大型装置、拘束、音、時間分解能の制約
脳波EEGは何を測っているのか頭皮上電位、同期したシナプス活動ミリ秒単位の時間分解能空間局在が難しい、筋電・眼電の影響
PETは脳の何を測るのかトレーサー分布、代謝、受容体、病理タンパク分子過程を測れる放射性トレーサー、時間分解能、侵襲性

NIRSはEEGのように頭皮上で測りやすく、fMRIのように血行動態を見ている。言い換えると、時間的にはEEGほど速くなく、空間的にはfMRIほど細かくないが、測定しやすい場面が広い。この中間的な位置づけが、NIRSの魅力であり、同時に解釈上の落とし穴でもある。

よくある誤解

誤解1: NIRSは神経発火を直接測っている

NIRSが測るのは光吸収の変化であり、そこから推定されるHbO/HbR変化である。神経活動に伴う血管反応と関係はあるが、電気的な発火やシナプス電流を直接測っているわけではない。

誤解2: oxy-Hbが上がれば、その部位が必ず活動したと言える

HbO上昇は課題関連反応の有力な候補だが、頭皮血流、全身性血圧変動、呼吸、体動、発話、プローブ接触でも変わる。HbR、HbT、短距離チャンネル、課題設計、行動指標と合わせて読む必要がある [3][4]。

誤解3: NIRSは脳全体を測れる

通常の頭皮上NIRSは、感度が浅い皮質に偏る。海馬、扁桃体、視床、基底核などの深部構造を直接測る用途には向かない。深部機能を論じる場合は、構造MRIは脳の何を測っているのか、fMRI、PET、計算モデル、行動指標などとの統合が必要である。

誤解4: 臨床NIRSは個人診断に直結する

臨床研究で群差や予測可能性が示されても、それだけで個人の診断や治療選択を決められるわけではない。教育・研究目的では、fNIRSを「補助的な神経機能指標」として位置づけ、臨床面接、症状評価、認知課題、他の検査と切り分けて読むのが安全である [7][8]。

関連ノート

MOC更新候補:

  • content/00_MOC/ 配下の脳画像・神経計測系MOCに、本記事 [[近赤外分光法NIRSは何を測っているのか]] を追加する。
  • 将来の作成候補: 「神経血管カップリングとは何か」「修正Beer-Lambert則とは何か」「短距離チャンネル補正とは何か」。

理解チェック

  1. NIRSが直接観測している物理量は、神経発火、電位差、光強度変化、放射性トレーサー分布のどれか。
  2. HbOとHbRは、なぜ近赤外光で区別できるのか。
  3. fNIRSで「前頭前野活動が低い」と書かれている論文を読むとき、頭皮血流や体動の影響をどのように確認すべきか。
  4. 乳幼児研究でfNIRSが使いやすい理由と、乳幼児研究だからこそ注意すべき点を1つずつ挙げる。

参考文献

[1] Jöbsis, F. F. (1977). Noninvasive, infrared monitoring of cerebral and myocardial oxygen sufficiency and circulatory parameters. Science, 198(4323), 1264-1267. https://doi.org/10.1126/science.929199

[2] Scholkmann, F., Kleiser, S., Metz, A. J., Zimmermann, R., Mata Pavia, J., Wolf, U., & Wolf, M. (2014). A review on continuous wave functional near-infrared spectroscopy and imaging instrumentation and methodology. NeuroImage, 85, 6-27. https://doi.org/10.1016/j.neuroimage.2013.05.004

[3] Pinti, P., Scholkmann, F., Hamilton, A., Burgess, P., & Tachtsidis, I. (2019). Current status and issues regarding pre-processing of fNIRS neuroimaging data. Frontiers in Human Neuroscience, 12, 505. https://doi.org/10.3389/fnhum.2018.00505

[4] Yücel, M. A., Lühmann, A. v., Scholkmann, F., Gervain, J., Dan, I., Ayaz, H., et al. (2021). Best practices for fNIRS publications. Neurophotonics, 8(1), 012101. https://doi.org/10.1117/1.NPh.8.1.012101

[5] Lloyd-Fox, S., Blasi, A., & Elwell, C. E. (2010). Illuminating the developing brain: the past, present and future of functional near infrared spectroscopy. Neuroscience & Biobehavioral Reviews, 34(3), 269-284. https://doi.org/10.1016/j.neubiorev.2009.07.008

[6] Blasi, A., Lloyd-Fox, S., Katus, L., & Elwell, C. E. (2019). fNIRS for tracking brain development in the context of global health projects. Photonics, 6(3), 89. https://doi.org/10.3390/photonics6030089

[7] Li, R., Hosseini, H., Saggar, M., Balters, S. C., & Reiss, A. L. (2023). Current opinions on the present and future use of functional near-infrared spectroscopy in psychiatry. Neurophotonics, 10(1), 013505. https://doi.org/10.1117/1.NPh.10.1.013505

[8] Karna, S., & Verma, R. (2026). Utility of functional near-infrared spectroscopy (fNIRS) in major depressive disorder: A systematic review. Indian Journal of Psychological Medicine. https://doi.org/10.1177/02537176261431668

未解決問題

  • fNIRS信号から頭皮血流と皮質血行動態をどこまで分離できるか。
  • 乳幼児、児童、成人、高齢者で、同じ課題反応をどこまで同じモデルで比較できるか。
  • 精神医学領域で、群平均差を個人レベルの補助指標へ変換するために、どの標準化と外部検証が必要か。
  • EEG、fMRI、PET、行動指標と統合したとき、NIRSが独自に追加する情報は何か。